第10章 輝く夜を超えて(025)

「寝ちゃった?」
「……あ、ううん」
 本当は眠りに落ちる寸前だった。世良さんのベッドの中で裸のままの私は、けだるい身体をなんとか起こし、胸より下をコットンブランケットで隠しながら彼に向って微笑んだ。
 枕元にあるテーブルランプの安らいだ光が、ふたりを包むように照らしていた。
「ごめんね。疲れたよね」
「いいえ」
 私がそう言うと、世良さんは私の左手を取って自分の唇に近づけた。何かの儀式をするみたいに薬指の付け根にそっとキスが落とされる。やわらかい感触がほんのちょっぴりくすぐったくて首をすくめていると、薬指にするすると指輪がはめられた。
「おめでとう。ようやく、おさまるべき場所におさまれたな。おまえも、この薬指に感謝しろよ」
 世良さんが指輪に話しかける。さっきのキスはそういう意味だったのかな。初めましての挨拶。私の薬指に初めておさまった婚約指輪。プラチナリングに埋め込まれたダイヤモンドが上品に輝いていた。
「やっぱり、ゆるいね」
 くるくると指輪がまわる。だけど世良さんはとても楽しそうに、それを眺めていた。
「サイズ直しに行きましょう」
「なら、明日にでも行こう」
「はい」
 明日は土曜日。世良さんもお休みなんだ。
「そのついでに萌さんのマンションに寄ってもいいですか? 荷物を取りに行かなきゃ」
「そうだったね。そのときに大久保さんに挨拶してもいいかな? 仕事なら夜にもう一度、伺うよ」
「明日の朝、電話してみます」
 いまだに萌さんのマンションに居候している私。引っ越し先を探す予定だったけど、萌さんの反対にあって、ずるずると居座っていた。
 最初は世良さんとうまくいかなくなって、じゃっかん無気力になった私を心配してのことだったんだけど、世良さんがシンガポールに出張中も情緒不安定になったら困ると言って許してもらえなかった。

「再来週の日曜日は亜矢ちゃんの実家に行きたいんだけど」
「わかりました。私は世良さんのご実家にいつ行けばいいですか?」
「うちは近いからいつでもいいけど、やっぱり休日の方が都合いいかな」
「なら、その次の週の日曜日にしましょうか」
 こうして、お互いの両親への挨拶の日程が決まった。世良さんは前に一度、私の両親に会っているからいいだろうけど。私は、世良さんのご両親に会うのは初めてのこと。
「今から緊張しちゃいます」
「うちの親なら心配ないよ。喜ぶに決まってるから」
「だといいんですけど。でも、やっぱり心配です」
 世良さんのご両親だから素敵な人に違いないけど、それでも不安になる。
「そんなに怖い?」
「そういうんじゃないんです。怖いんじゃなくて、ちゃんと挨拶できるかなって。ガチガチになって、声が震えちゃうような気がするんです」
「それはそれで可愛いんじゃない? 震え声の亜矢ちゃん。ちょっと楽しみかも」
「もうっ! 真剣に悩んでいるのに、からかわないで下さい」
 私は意地悪の仕返しにと、世良さんに背を向けるようにしてブランケットの中にもぐり込んだ。
 それを追うように世良さんもブランケットの中にもぐり込んでくる。背後から抱きつかれ、肩口あたりに唇が寄せられた。それからその唇は背中へと移動して、あちこちの肌を吸い上げていく。
 その仕草がくすぐったくて、気持ちよくて、私はされるがままにキスを受け入れていた。だけど、どんどん下がっていく唇は一向に止まらない。
 あっ、それ以上は……
 さすがにそれが腰のあたりまできたときに、まずいと思って抵抗を試みた。
「気づくのが遅いよ。もう止められないから」
「やっ、でも待って」
「ダメ。それと今度はさっきよりも余裕があるから簡単には終われないよ」
 嘘……さっきよりも、なの? だって、さっきだってかなり余裕があったみたいだったのに。
 そう思っている間にも世良さんは、どんどん先に進んでいく。そしてとうとう口では言えない場所へ。
「あぁっ……」
 だけど、恥ずかしいのに感じてしまう。やめてと言いたいのに離れてほしくない。もっと……もっと深く交わりたくて、素直にこの身を捧げてしまう。
 舌でいじられて身をよじる。酔いしれてしまうような愛撫は、あっという間に私を頂点へ連れ去って、一気に堕としてくれた。
「やっぱり顔を見ていたい」
 身体を正面に向かされて、いつの間にかブランケットがはぎ取られて、互いの素肌が露わになっていた。冷んやりとした風が通り、それが気持ちよく感じる。
「私も……」
 私がそう返すと、世良さんが幸せそうに微笑んだ。その笑顔をひとり占めできる私も幸せ。やっと夢が叶った。誰にも渡したくないという思いが神様に通じた。
 だけどそれでも足りない。隠せるものが何もない状態なのに、それでも何かが邪魔しているような気がして、ぴったりと肌を密着させた。
 けれど、この物足りなさが満たされることはないんだろうな。私はこうして、一生、愛する人を追い求め続けるのだ。

 ゆっくりとしたキスが唇を濡らしていく。すると、たちまち夢中になって猛烈な勢いになる。
 どんなに苦しくても構わない。心が離れることの方が苦しいことを知っているから。だからお願い、やめないで。どこまでも溺れさせて。
「──して」
「ん?」
「構わないから」
「いいの?」
「もっと続けて。キスして……ほしいの」
 身体を熱くさせながら再び結びつく唇は、長い時間、離れることを許されなかった。ようやく呼吸が整ったあとは丁寧に施される愛撫。上から下までくまなく触れられて、ベッドの上で何度も弾けて、シーツが波打つように乱れていった。
 髪を撫で、胸に触れていた手が今度は腰の辺りを彷徨って、無言で私の奥にうかがいを立てる。感触を確かめる指先の動きにでさえ濡れていく自分の体に驚きながら、絡み合った瞳にその先を求めた。
「可愛いよ。可愛過ぎて、どうにかなりそうだよ」
 私の手を取ってキスをする。ゆらゆらと揺らされながら、私も離れたくない一心で意識的に締めていく。
 奥で感じるモノはもちろん、混ざり合う吐息も熱い。涼しかった夜が瞬く間に熱帯夜になって、繋がり合う部分からも熱くなった蜜が零れ落ちた。
「誰よりも愛してる……今度こそ僕だけのものになって」
 耳元で甘い声で言われると、現実なのか幻なのか、わからなくなりそう。それでも中で感じる、あなたの存在が現実だと教えてくれて、大きく熱く、私の中をうねり続ける。
「この二カ月間、長かった。抱きたいのに、その人は遠い日本……まるで拷問だね」
「でもこれからはずっと一緒……ずっと抱いていてほしい」
「さっきは眠たそうだったのに?」
「イジワル……でも今は違う……今は……」
 突き進むもうひとつの世界の果てが見えそうになって言葉が続かなかった。情熱が容赦なく深く入り込み、腰を固定するように掴まれて、揺さぶられ続け、再び昇りつめていく。
 もう、限界かもしれない……
 背中を抱いてすがると目が合い、互いのタイミングを計ろうとする。中で混ざり合って、全身がとろけて、最後のその瞬間もふたりで──


 
 
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