1.不埒で淫らな私(001)

 

【11月】Asuka[大学2年]


 大学の授業が終わった11月のある日の金曜日。
「明日香。今晩、飯、行かねえ?」
 私、片瀬明日香(かたせ あすか)は、ひとりの男に誘われた。
 彼の名は武藤壱也(むとう いちや)。

「んー……。ごめん、今日はパス」
「デート?」
「そういうんじゃないんだけど」
「なに?」
「なんとなく、かな?」
「ふーん」
 地方から東京に出てきてこの大学に入った私は現在二年。壱也とは同い年で入学直後からのつきあい。彼との関係は……友達? けど、それもしっくりこない。そんな仲だ。
「あ、でも、明日ならいいよ」
「逆に俺がダメ」
「またイベント?」
「まあね」
 イベント=合コン。この男、かなりの合コン好き。カノジョのいない期間は毎週末、その『イベント』に励んでいる。
 よく飽きないなと思う。いったいどれだけやれば気がすむのか。
 だけど今週末の『イベント』開催は土曜日らしく、金曜の今日は暇らしい。だから空いた時間を私で埋めるつもりだったのだ。
「いい加減、落ち着いたら?」
「そのための『イベント』なんだよ」
 今年になり何人カノジョが変わったんだろう。ルックスは抜群なので次々と彼女ができるんだけど、なぜか長続きしない。いつのまにか音信不通から自然消滅となるのがパターン化していた。
 音信不通の原因はなんなのかは知らないけど、毎日、頻繁にメールのやり取りをしている壱也のマメな姿を見ているとその真意は定かなのかと疑いたくなる。
「この間の子ともすぐに別れちゃったじゃない。もっと女の子を大切に扱いなよ」
「向こうが我儘だったんだよ」
「我儘くらい、普通でしょ?」
「だって女友達と縁切れとかいう女、俺、無理。飯食いに行くのも禁止だって言うんだぜ」
 こんな感じだと壱也のカノジョになる人は苦労しそうだな。
 女心をちっともわかっていないんだから。
「飲みは来週行こうよ。月曜でも火曜でもいいからさ」
 一瞬、考え込んだ壱也だったけど。
「でも次の日が休みの方がいいし。またの機会ということで。じゃあ俺、行くな」
 せっかくつき合ってあげようかと思ったのに、少し不機嫌になった壱也は私の元を去っていった。

 壱也とはこんなあっさりした関係だけど居心地は決して悪くない。友達とも違うけど、壱也と私の間には“友情”のようなものが存在する。
 相談し合ったり、愚痴を言い合ったり。それが他の人たちには一見、深い関係のように見えるらしいけど、実際、お互いのことはよく知らない。
 なんて、ちぐはぐ。
 でも自分では友達とは別枠の、なんて言うか特別な関係だと思っている。男と女の生々しさが一切なくて、つかず離れずの一定距離は友達や恋人同士の煩わしさを省いてくれる。言うならば拠り所みたいなものだろうか。

 そんな特別枠な壱也にも言えないことがある。
「今日は? どうする?」
 私は大学の帰りにある人に電話をしていた。
『9時頃になる』
「会えるの?」
『なに? 駄目なのか?』
「ううん。あんまり期待してなかったから」
 よかった。壱也の誘いを断っておいて。
『じゃあ、終わったら電話するから。そろそろ戻らないといけないんだ、ごめんな』
 仕事中の彼は短めに会話を終わらせると電話を切った。
「……9時か。買い物、行かなきゃ」
 それから私は急いでスーパーに寄る。そして買い物をすませると、ひとり暮らしのマンションに帰り、夕飯を作って彼が来るのを待った。

 予定通り夜の9時過ぎ。部屋のインターホンが鳴る。
 玄関のドアを開けるとやさしい彼の顔。そしてその手にはコンビニ袋。
「また買ってきたの?」
「だって疲れた体には甘いもんだろ。明日香の分もあるよ」
 そう言って彼は部屋へ上がるとさっそくバスルームへ向かった。
 私はコンビニ袋の中身を見て、中に入っていたものをさっそく冷蔵庫にしまう。缶ビールとシュークリーム。なんともアンバランスな組み合わせ。彼はいつもビールと甘いデザートをセットで買ってくるのだ。
 バスルームからシャワーの音が聞こえ始め、私は夕飯を温め直した。
 今日は泊まっていくのかな。ビールを買ってきた日は“泊まる”のサイン。私はコンロにかけたお味噌汁をかきまぜながらうれしさを噛み締めていた。

 しばらくするとタオル一枚の彼がバスルームから出てきた。
「玲、ごはん食べるでしょ?」
「もちろん。腹減って死にそうだよ」
 そう可愛げに答えるのは、私の恋人の玲(れい)。
 彼は私より6歳年上の26歳。
 普段の玲はかなりの仕事人間で厳しい人だけど、私とふたりきりの時はまるで別人。甘党で、たまに甘えん坊。このギャップがたまらないのだ。


 ◇◆◇


 ──玲と初めて出会ったのは半年前の初夏
 壱也が趣味でやっているサッカークラブの試合の応援に行った時に初めて玲を紹介された。

『玲さん、こいつ、明日香って言うんです。同じ大学なんですよ』
『初めまして。片瀬です』
『どうも』
『……』
 玲の第一印象はあまりいいものではなかった。ちょっと怖そう、そんなイメージ。もともと人見知りな私の性格のせいもあったけど、すぐに打ち解ける雰囲気ではなかった。
『玲さん、すみません。こいつ、あまり愛想ないんで』
 壱也がからかうように言う。
 なによ? それって私だけじゃないでしょ。向こうだって、同じくらい愛想ないんですけど。
 すると不貞腐れている私に気づいてか、玲が小さく笑った。
『壱也が女の子を連れてくるなんて初めてだな』
 思っていたよりも穏やかな口調だった。
『そうでしたっけ?』
『そうだよ』
 玲と壱也が所属しているクラブの大半は社会人。プロを目指しているわけでもなくて、あくまでも趣味の域。その活動が週に一、二度行われているそうだ。
 といっても仕事帰りの夜に地元の学校の校庭やスポーツ広場に集まって軽くサッカーをする程度のもの。だけど、こういったクラブはこの地域に結構あって年に一度、ちゃんとしたリーグ戦も行われていると前に壱也から聞いていた。
『玲さん、カノジョとは上手くいってるんですか?』
 ふたりは仲がいいらしく壱也はしきりに玲に話しかけていた。その横で私はしばらくふたりの会話を聞いていた。
『まあ、それなりにな』
『順調なんですね。よかったじゃないですか』
『ああ』
 やっぱりカノジョいるんだなと何気にそんなことを思っていた。
 だけど壱也の問いかけに玲は多くを語らない。
 照れているのかな? この時はそう思っていた。
            


 

    
inserted by FC2 system