1.不埒で淫らな私(003)

 

 

 ◇◆◇


 こうして始まった私たちの関係は壱也にはとても言えなかった。誰にも言えない関係だった。

 タオル一枚を腰に巻き付けただけのシャワー上がりの玲はクローゼットから慣れたように下着と服を取り出すとそれに着替える。そして冷蔵庫から缶ビールを取り出すと夕飯が並んだテーブルの床に腰をおろした。
 缶ビールのプルタブを開け、まずはひとくち。
「お、うまそう」
 そして私が作った料理を目の前にそうに言ってくれた。
 よっぽどお腹空いていたみたい。
 料理が苦手な私だったけど玲のために必死に料理を覚えた。
「おいしい?」
「うん。うまいよ」
 玲は必ずそう言ってくれる。絶対に私を否定しないんだ。
 前髪を切りすぎた私でもすっぴんの私でも、いつも『かわいい』と言ってくれる。
 玲は私の全部を愛してくれている。
 玲にとってきっと私は一番目ではないけれど。

 ふたりで遅めの夕飯をすませるとデザートのシュークリームを頬張った。食べながら玲は二本目のビールで喉を潤す。その組み合わせはおかしいと、買ってくる度に言ったけど相変わらず、その習慣は続いている。
 そんな幾度となく繰り返された光景も、今では見慣れたせいでなんとも思わなくなった。
「好きだね、甘いもの」
「昔はそうでもなかったんだけどな」
「いつから?」
「明日香とつき合ってから」
「なんで急に?」
「たぶん、明日香が食べているのを見てたからかな。食ってみると意外に美味いなと思うようになった」
 こんな時に思う。玲のそんなお茶目な一面を知っているのは“私だけ”というささやかな優越感。
「玲ってかわいいね」
 そして冷めた私が、素直で従順な女になれる瞬間。ふたりはお互いに影響し合っているのだと、最近、特に感じるようになっていた。

 デザートタイムが終わると私はまだシャンプーの香りの残るバスルームへ足を踏み入れる。蛇口をひねり勢いにまかせてシャワーを身体に受けながらこれからの行為を想像し、私は念入りに身体を洗った。
 もう私の身体は玲しか受け入れられない。彼以外の男性に惹かれないし魅力も感じない。抱かれることなんて想像できない。それくらい玲だけだった。

 髪を乾かしたあと、ワンルームのベッドに潜り込むと翌朝の玲が出勤する時刻にあわせて早めに目覚ましをセットした。するとさっきまでテレビを見ていた玲も電気を消して私の隣に滑り込んでくる。
「明日香、やろう」
 すっかり色香を満たせた彼はそう言って私に覆い被さってきた。
「そんなもん、着てくる必要なんてないだろ」
 さっきバスルームで着たばかりのパジャマを脱がせられる。
「素っ裸の方がおかしいでしょ」
「でもどうせ脱ぐんだから」
 玲は必ず最初に服を全部脱がせてから私を抱く。服を着たままを嫌うのは肌と肌を触れ合わせないと意味が無いからだ、と。
 最初はそんな玲の言葉の意味を理解していなかった私も、今ではなんとなく理解できるようになった。こんな寒い冬の夜なのに布一枚すら邪魔になるのだ。

「あぁ、……玲」
 抱き合いながら名前を呼び合う。恥じらいを捨てて全部さらけ出して。鍛えられた腕に守られるように抱き締められて……
「ん……もっと……」
「もっと、なに?」
「奥にきて……」

 ──ギシッ

 安いシングルベッドがさっきよりも大きな音を立てた。彼の手が胸をやわらかく包み、腰の動きに合わせて上下する。固くなった先端を時々弄って刺激する。
「ん、あっ……っ」
 途端、昇りつめそうになって、息を止めて堪えた。壁の薄いワンルームマンションだから声は極力抑えなくてはならないために彼の背中にまわす力を強めて紛らわすしかない。
「あ、ダメ……玲……」
「ダメと言われても、そうしろと言ったのは明日香だぞ」
 涙が滲んでくるほど苦しい。奥の、さらにそのまた奥ばかり狙われて息もゆっくりできない。何度も絶頂の予感が押し寄せてきて、つま先まで思いっきり力が入る。

 自分で『奥に……』なんて言ったばっかりに、こんなことになるなんて。
 時々、子宮口あたって錯乱しそうになって、その度に意識をなんとか呼び戻し、ひたすらその時を待った。玲の舌が、指が、私を麻痺させて理性なんてとっくに失くしてしまった。

 挿入を繰り返しながら這われた舌の感触を首筋から鎖骨へと感じ、思わず身体が仰け反った。目を閉じながら身をまかせていると、玲の舌が器用にそこを這いずりまわる。
「んぁっ……」
 生ぬるい舌と唾液が私の押さえていたスイッチを溶かして淫らにさせる。
「あっ!……玲……」
 知らぬ間に私は玲の頭を抱えて彼のモノを締め付けていた。激しく波打つ私の中はとろとろに液体がうねってすごく熱い。冬だというのに灼熱の太陽の下にいるような錯覚になる。
「……明日香、締め付けすぎだって。これじゃ、もたない」
「はぁっ、玲、私、もう……」
 限界はすぐそこまできている。何度も何度も我慢してきたものが、すぐそこまで押し寄せている。
「玲、お願い、……もう、いかせて……」
 息の乱れた私の顔を玲が覗きこむ。
「いきたい?」
 声にならなくて、うんうんと頷く。
 すると玲はこんな時なのに余裕の表情を見せて笑った。
「じゃあ、もっと、声出して。我慢すんなよ」
「だって……」
「こうすれば、思いっきり出せるだろ」
 玲はそう言うとふたりの頭上から布団をかけた。そして真っ暗になった視界の中、私の耳元に唇をつけづける。
「これで他の部屋の奴には聞こえない。だから、ほら」
 甘い囁きが聞こえた。
 ぞくっとなって、力が抜けて気づいたら玲の背中にしがみついて、声を張り上げていた。
 それから激しく揺さぶられ続け、密室のような空間の中で吐息を混ぜ合わる。やがてぐちゃぐちゃになった布団が身体から外れ……
 やさしさが滲む瞳で見つめられながら、その果てをふたりで味わった。最後に丁寧なキスをもらい、心地好い眠りが私の意識をさらうまでのほんの僅かな余韻を過ごし……
 大好きな声の『おやすみ』に見送られた。


 昨日セットした目覚ましがもう鳴っている。
 え? もう朝なの!?
 すっかり熟睡していたようで、あっという間に迎えた朝に慌てて身体を起こそうとした。けれど玲の腕が私に巻きついて起き上がれない。
「玲。腕、どけてよ」
 重い腕を持ち上げて、一瞬の隙を狙ってそこから抜け出した。隣を見ると玲はまだすやすやと寝息をたてている。
「仕事、遅れるよ」
 私は玲を揺り起こした。

 玲はある大手企業の100%出資会社の店舗開発課に勤務している。
 そこはレストランの全国展開をしている会社で玲は新店舗の進出運営を行っている。新しい店舗進出が決まると図面上で設計や内装などをチェックし、専門の業者と打ち合わせをして工事を進めさせ、新しい店舗を次々とオープンさせたり、改装の段取りをする仕事だ。
 広い地域に携わるため出張も多い。私の家に泊まる時はたいていこの言い訳を使っている。つまり、カノジョへのアリバイ。カノジョとのつき合いは親公認の間柄らしく、相手の両親の干渉も激しいらしい。
 カノジョへの愛情はもうすっかり薄れていると玲は言っているけど私たちは関係をもってもうすでに半年。いまだにカノジョと別れない理由をカノジョの両親が原因だと言う玲。会社にもカノジョの存在を結婚を前提にした関係と告げていて、身動きできないらしい。
 そんな言い訳ばかり聞かされて、はっきりしてくれなかった。でも正直、もう我慢の限界。玲の愛情は感じるけど、大っぴらにできない私たちの関係に不安と焦りを覚えていた。
 最初は軽い気持ちだったのに今は違う。だから最近ではことあるごとにそのことについて衝突もしていた。

 ──カノジョとはいつ別れるの?

 もうその話を何度したことだろう。時に怒り、時に泣きながら。好きになりすぎて自分の感情をうまくコントロールできないでいた。
 でも玲を憎んだり、手放したりしようなんて思えなくて結局は玲のいいなり。一向に進展のないまま、ずるずると今の関係が続いている。

 ベッドの中の玲は寝ぼけているのか、半身を起こしている私の腰に腕を巻きつけたまま起きようとしない。
「起きてよ」
「……んっ……起きた……よ」
 普段から寝起きの悪い玲は声を発したからと言って油断できない。起きたと言っておきながら実は起きていないことがよくある。こちらの質問にちゃんと反応しても、そのやり取りを覚えていないことも多くてたまにびっくりさせられるのだ。
「6時半だよ。大丈夫なの?」
「うーん。大丈夫」
 私にからみついたまま玲が眠そうに答えた。
「本当なの? いつも起きる時間なんだけど」
「もうちょっと時間ある。今日は遅めなんだ」
「そうなの?」
 出張のある日は場合によっては会社に行かないこともあり、確かに遅めの日もあった。
「だから、明日香、いい?」
 そして変わる体勢。ベッドの中に引きずり込まれて押さえ込まれる。 さっきまで寝ぼけていたのが嘘のように玲が覆い被さってきた。
「ちょとっ! 待ってよ」
「夕べ先に寝た罰だよ」
「こういう時ばっかり寝起きがいいんだから」
 せっかく早目に目覚まし時計をセットしたのにそれも無駄になる。
 そして堕とされるのは深い陶酔の世界だった──
            


 

 
 
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