4.罪深き逢瀬(010)
【5月】Asuka[大学3年]
5月の中旬になった。
この日は玲が仕事で携わっている人たちとの飲み会がある日だった。新しいお店がオープンするに当たり工事がだいぶ長引いていて玲も連日泊り込みで手伝いをしていた。それが昨日無事オープンにこぎつけ、今日は打ち上げということになったのだ。
飲み会の場所はここから電車で一時間弱のところ。それなのに玲がこれから会いたいと電話で言ってきた。打ち上げのあと会おうと。
「今夜?」
『いいから、来いよ。どうしても会いたいんだよ』
こうして玲の仕事先まで私から会いに行くことになった。
『駅に迎えに行くから、ちゃんと遅れないように来いよ』
玲に詳しい待ち合わせ場所を教えてもらい私は急いで電車に乗るために駅に向かった。
こんなふうに待ち合わせをするなんて初めてのデート以来。久しぶりに浮き浮きとした気分だった。電車に乗ると、待ち合わせの駅に着くまで今か今かと気ばかり焦り、何度も時刻を確認してしまうほど。
ようやく駅に着くと足早に改札を抜けてロータリーに向かった。そこが待ち合わせ場所。そこで玲が来るのを待っていた。
二十分程して玲の車が待ち合わせ場所に着いた。私は走って玲の車まで行くと急いで助手席に飛び乗った。もしかすると誰かに見られるかもしれないとも思っていたし、なにより玲に早く触れたかった。
「車で迎えに来るなんて、お酒飲んでいないの?」
「適当に誤魔化して一滴も飲んでいないから」
私たちは軽く食事をすませた後、玲が予約しておいてくれていたビジネスホテルに向かった。
ホテルに泊まるなんて旅行にでも来たように思え、いつもと違う展開にさらに浮かれてしまう。いつもと違うダブルベッド。大好きな玲と久しぶりに過ごせることがこの上なくうれしかった。
玲に甘える。玲も私を求める。
「かわいいな」
これは玲の口癖のようで、今日もそう言って私のおでこにそっとキスを落とした。
裸体に滑る唇。うなじから足の先までほどこされる丹念な愛撫に酔いしれる。固くなった胸の突起部分を唾液まじりに吸いつかれて息を呑んだ。
「ここはホテルなんだから我慢するなよ」
「でもラブホじゃないし、防音とかたぶんちゃんとなってないよ」
「構わないだろ。どうせ隣の部屋の奴と顔を合わせるわけじゃないんだし」
そして声を聞かせろと玲が愛撫を再開した。
「ちょっと、玲!」
玲がいきなり私の膝を立たせて大きく開かせた。
焦って全身に力が入ってしまう。だけど……
「あぁっ……んっ」
途端、感じる生ぬるい舌の感触が私を官能の世界に引きずり込んでしまう。固くなっている小さな蕾を指の腹で押さえつけられて子宮の奥でも快感の余波が起きる。
断続的に起こる刺激に昂る熱情。だけどその裏側で、愛する人との営みに切ない吐息が洩れるのも事実。
入り乱れる正反対の感情と快楽。
それでも愉悦が勝ってしまうのは人間のエゴなのか。
玲の逞しくしなやかな筋肉が波打って動いている。私を感じさせるために必死に動く腰。そして仕事の話をする時でもスイーツを頬張っている時でもないもうひとつの男の顔。それらが混ざり合って私の最後の砦を崩した。恥じらいも何もかもすっと消えてなくなっていった。
「はぁ……そこ……あ、いいっ……」
「ここ?」
「……うん」
そしてそこを狙われて……そのピンポイントさに声も大きくなっていった。ふたつの胸の膨らみが揉みしごかれて形を変えていく。玲の指先が胸の先端を摘まみ弄んで、身体の中心を貫く淫らさをまとった電気に身をよじる私の体を固定しながら、執拗にいじめた。
「あっ…」
玲の、首筋に吹きかけてくる熱い息と興奮している呼吸音が私のボルテージを高めていく。際限なんてないくらいに。
玲とのセックスは最高に気持ちいい。玲の抜群のテクニックでいつも私は昇華させられる。
繋がる唇のまま、的確な角度で奥を攻められる。擦りつけてくる力強さに身も心も支配されて絡まる舌がきつく吸われた瞬間に私の中もきつく収縮した。
玲は初めて私にイクということを教えてくれた人。それも一度の行為で何度も。
「……明日香、好きだよ」
「ああっ、玲──」
何度も私は……
次の日は土曜。
玲は仕事だったけど朝になると私を家まで送ってくれた。高速を使ってマンションに向かう。
玲はよく私の右手を握りながら運転してくれる。今日もそうだ。私はそうされるのが大好きで運転する玲の横顔をじっと見つめていた。
「なんだよ、さっきから」
「ううん。なんとなく」
「おかしな奴だな」
帰り際は寂しさがどっと押し寄せてくる。私は顔を向きなおし真っ直ぐに続いている道をひたすら眺めていた。
しばらくするとICまでの距離案内の看板が見えた。あと数キロの道のり。切なさが胸の奥から込み上げてくる。私だけでなく玲も無言のまま。別れの時間が近づいていた。
お願い、まだ着かないで。心の中でただひたすら願った。
ねえ、玲?
いつまで一緒にいられるのかな?
私、やっぱり泣きたいかもしれない。
そして数日後、玲が籍を入れあの人と一緒に暮らし始めた。そのことはホテルに宿泊した夜に、打ち明けられていた。けれど、覚悟していたとはいえ、鉛を背負わされたように心も身体も重たかった。
──新居に行ってみようぜ
そんなある日、坂本さんに誘われたらしく、なにも知らない壱也が私を誘う。それに対し、私は苦笑いでしか返せない。
ごめんね、それは一生無理なんだよと心の中で呟いた。